アドワーズと私


アドワーズとの出会い

初めて Google AdWords(以下:アドワーズ)の存在を知ったのは2002年の秋だった。

その頃、僕は勘定系のプログラムばっかり組んでいるうだつの上がらない24歳のシステムエンジニアで、たまたま顧客企業のエンドユーザーが使う画面を設計したことがきっかけで HTML や CSS を覚えたことで、漠然と華やかな気がすると勘違いしてウェブの仕事に移りたいと考えていた時期だった。

当時は「ウェブといえば制作」くらいしか頭になかったので、とりあえずウェブデザインの雑誌をいくつか定期購読しては特集されている内容を週末に片っ端からマネするということを続けていた。そんな中、たまたま目にした「Web Creators」の2002年12月号の特集記事は、それまでの制作テクニック的なものとは違って、ウェブサイトをつくった後のアクセスアップについての特集が組まれており、当時 Google Japan の営業本部長だった佐藤さん(現ATARA会長)が見開きでドーンと写真入りで紹介されていた。まだ渋谷のセルリアンタワーの狭い一角を借りていた頃で、社員も十数名だった頃のはずだ。



その翌年に直接佐藤さんにお会いしてから現在に至るまで10年以上にわたり目を掛けて頂くことになるのだが、当時はそんなことが想像できるはずもなく、記事を見た最初の印象は「これがビジネスになるのか〜へぇ〜」というものだった。

記事を見た翌年の2003年3月、あまりのセンスのなさにエンジニアを続けることは諦めて、小さなネットベンチャーというかネット専業広告代理店に転職。そこで数ヶ月前に記事で読んだアドワーズに関わるようになる。

当時はまだネットバブル崩壊の残滓が色濃く残っていた時期で、「ベンチャー」という言葉に対してやや鼻白む風潮があったのだが、SI の業界構造とシステム開発の辛さに嫌気が差していた僕はとにかくインタラクションが起きフィードバックのサイクルが早いウェブという分野に憧れていて、転職する企業も SEM に絞っていたわけではなく「そういえば記事で検索エンジン最適化とかあったな」「ウェブ系の企業はみんなベンチャーみたいなもんだ」程度の認識で、とにかくネットだベンチャーだという感じで転職したのだった。そこでアドワーズに出会い、人生が回りはじめるのだから今思えばラッキー以外の何物でもないと思う。

転職した直後は SEO を顧客企業に提案する仕事をメインにしていたものの、他の社員のヘルプで Overture の DTC(DirectTraffic Center)と Google のアドワーズを触るようになって、徐々にその魅力に取り憑かれるようになった。当時はオーガニックの検索結果の刷新が月1回という牧歌的な時代で、僕がウェブの仕事に求めたフィードバックの早さはそこにはなく、むしろ取ったアクションに対して説明責任がなかなか果たせないことに失望に近い感情を抱いていた頃だったので、設定したすぐ後には掲載が始まり、3時間もすれば実際の数字として管理画面に反映されるというリスティング広告のフィードバックの早さに、それまで求めていたウェブらしいスピードと明快さを感じたのだった。


ユーザーの支持

当時は今より圧倒的に Overture の方が取り扱い高が多い時代だったものの、調べれば調べるほど、使えば使うほどアドワーズの思想や設計の方が優れているように僕には思えた。

Overture の担当営業は毎週の数字のヨミをただ詰めてくるだけだったが、Google の担当営業(この方は後の先輩で、恩人の一人)は、会うたびに新しい機能や目指している世界観を語ってくれた。アドワーズの数字にはほとんど触れず「ユーザーの支持が大事です」と繰り返されていたのが印象に残っている。2週間に一度のミーティングはいつも楽しみだった。

僕自身がアドワーズの設計が優れていると思っていたのはこの「ユーザーの支持」という部分だった。当時、 Overture は上限CPC(クリック単価)だけでランキングが決まる仕組みで、管理画面の DTC は自分が入札しているキーワードの他の広告主の入札単価が見れる仕組みになっていたので、運用のかなりの部分を入札競争が占めていた時代だった。そんな中で「ユーザーの支持が大事」という言葉はとても新鮮に聞こえた。

実際、ユーザーの支持はアドワーズの仕組みに組み込まれていて、広告掲載可否、順位および課金は「広告ランク」というもので決まっていた。(今でもそう)

そして、広告ランクは以下のような式で成り立っていた。



「広告が自分が求めていた情報だと思えば人はクリックする。だからクリック率はユーザーの支持の証明」という理路はとても分かりやすいし合理的に思える。実際にこの説明を聞いた時には「そうだよなー」と思ったのを記憶している。

ただ、このユーザーの支持があったとしても、上位の広告の CPC が低いと儲からないんじゃないかなあと思いつつこの式のメモを取っていた時に、「ああ、そうか」と気付いた瞬間があった。夕方のオフィスで一人稲妻に打たれたように呆然とした。

その時のメモは、今でも若い人に説明する時にたまに使っている以下の式だ。




広告ランクは因数分解するとインプレッション単価になる。つまり、アドワーズは表示する広告としての収益性が高い順にランキングしていくということだった。ユーザーの支持=クリック率を順位の決定式に組み込むことで、広告を掲載する検索エンジン自身の収益が最大化する仕組みになるのだ。

このことは今ではアドワーズに関わる人なら誰でも知っていることで、常識である。でも、2003年の時点では常識ではなかったと思う。僕は初めてこのことに気付いた時「天才っているんだな」と思ったことを覚えている。ユーザーの支持と収益性を無理なく両立させるなんて、なんて美しいんだと。その時に走った衝撃が10年以上経った今でも似たような仕事を続けている原点になっている。


フェアなモデル

一方で、反論もあった。式の構成要素が上限CPCとクリック率だけなので、仮にユーザーの支持が得られなくてもお金さえたくさん払えれば上位表示が可能ではないかというものだ。これにもアドワーズは順位の仕組みと課金の仕組みを分けることで回答を提示していた。





計算の分母が自分のクリック率で、分子はライバル企業の広告ランク(上限CPC×クリック率)なので、クリック率同士で約分できることになる。単純な算数だが、分母である自分のクリック率が高ければ高いほど、割り算の商である CPC は低くなる。逆に自分のクリック率が低ければ CPC は高くなるということだ。

クリック率が低い、つまりユーザーの支持が低い広告はそもそも相当上限CPC を積まないと広告が表示されないか、クリックにかかるコストが極端に高くなって広告の費用対効果が見合わなくなるため、必然的に市場から退場するかもしくは広告の品質を上げるためキーワードや広告の見直しをせざるをえなくなる。ユーザーの支持が高い広告であればあるほど、廉価に集客できるモデルになっており、かつ出稿側の自浄作用が働くのである。僕はこれを知った時、何てスマートでフェアなモデルなんだと、鳥肌が立ったのを憶えている。
(ちなみに、広告の掲載順位は広告ランクが高い順に並んでいるので、割り算の商が自分の設定した上限CPCを超えることはない)

この2つの式を知ってから、僕の仕事へのモチベーションは大幅にアップした。自分の仕事にはきっと意味があると感じることができるようになり、Google の社員でも何でもないのに、このフェアなプラットフォームはもっと世の中に広まるべきだと勝手に思うようになった。結局、最初に稲妻が走ってから3年半後に巡り巡って Google の社員になることができ、それからさらに5年後に Google を辞して今の仕事に就いて2年半が過ぎたのだが、この時から今まで、このフェアなプラットフォームがもっと世の中に広まるべきだという考えはほとんど変わっていない。


品質、予測の精度、ディスプレイネットワーク

話は少し戻るが、2003年にパブリッシャー向けの広告ネットワークとして AdSense(以下アドセンス) が始まって、検索クエリだけでなくコンテンツにもマッチングさせることが可能になった。そのページに記載されている内容(コンテクスト)と、入札された広告をマッチングさせる「コンテンツターゲット」である。Google が発展させてきたウェブサイトのインデックスの仕組みを広告にも応用させたものだ。

最初はテキスト広告だけだったが、後にバナー広告、動画広告、ガジェット広告などのフォーマットの充実が図られ、プレースメントターゲットやオーディエンスターゲットなどのターゲティングメソッドの追加につながっていく。

広告ランクの計算式もクリック率から広告の品質に変わり、単純なクリック率だけでなく、広告との関連性、リンク先のページの中身や過去のアカウントの履歴、そのクエリでのこれまでの世の中実績などを考慮するようになった。考えてみれば当たり前で、「ユーザーの支持」が収益の最大化とエコシステムのフェアネスを担保していると考えれば、広告品質とは、その指標自体をブラックボックス化したかったのではなく、予測の精度を上げるために変数を増やしたと理解することができる(そして、それを人間が理解できるように10段階にしたのが品質スコアだ)。

クリック率はインプレッションが出た結果なので、その瞬間のクリック率を算出することはできないわけだから、クリックされる可能性としての予測クリック率(pCTR)の精度を上げるためにあらゆるシグナルは使われている。

※この辺は以前に書いた記事もご参照下さい
http://www.admarketech.com/2013/08/adwords-quality-score.html


ちなみに、GDN(グーグル ディスプレイ ネットワーク)は検索よりも考慮しなければならない変数が多い。検索の広告品質は Google プロパティ内での結果に限られるが、ディスプレイ広告では掲載されるサイトやページが無数にあり、広告枠や入札に参加する広告フォーマット、ターゲティングメソッドなど、考慮しなければならない要素が検索とは比べものにならないほど存在するからだ。それらの変数を考慮して瞬時に計算し広告を配信することは一朝一夕にはできない。ディスプレイ広告の進化として RTB が語られるようになって数年が経っているが、Google は自社の構築したネットワークでの RTB に既に10年の歴史を持っている。

ディスプレイのカオスマップを読み解くのはなかなか一苦労だという人も多いと思うが、アドワーズとアドセンスの関係を理解していると、カオスマップ内の各構成要素のほとんどを Google のプラットフォームが持つ各機能の直喩として表現することができる。リスティング広告に長けている人が DSP の運用にもすぐにキャッチアップできると時折言われるのは、このことに無関係ではないと思う。





まとめのようなもの

2006年に入った Google は世界を変えたいと思う人たちの集まりだったが、僕自身はそんなことを口に出すのもおこがましい単なる一小市民だったから、Google に入った当初は勢いで入っちゃったものの一体何ができるのかと途方に暮れた。

そんな時、Google に入ってから上司(の上司)になった佐藤さんが「一人ひとりが Google のエバンジェリストだから」と言って下さり、僕自身は世界を変えていける当事者でもなんでもないけど、少なくともアドワーズで僕自身の世界は変わったことは確かであるわけだから、変わったよと他の人にも伝えることはできるんじゃないかと思った。そして、アドワーズの営業とは、「変わったよ」だけじゃなくて、「変わったからこうした方がいいよ」と伝える仕事だと理解してからは、スムーズに自分の役割を理解できるようになった。

Google を卒業してから3年目になるが、立場は変わっても、役割は変わっていないと思っている。Google が変化の重要な旗振り役であることに変わりはないが、変化は Google 以外でもあらゆるところで同時多発的に、速度を増しながら起き続けているので、「変わった」と発信し続けられるように、「こうした方がいい」と伝えられる何かを持ち続けられるように、変化している個人や企業を応援できるように、自分自身が変化し続けていかなければならないと思っている。

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