広告運用者(AdOps)としての生き方 ーまとめ編



広告運用者としての生き方

近年のデジタル広告取引における技術の進化は、「広告運用」という言葉の持つ意味合いに小さくない変化を与え続けています。


「運用」という言葉から連想されていた、入稿やレポート、請求入金等の取引業務といった従来の「保守」的な意味での仕事はどんどん圧縮されていく一方で、キャンペーンの成否を分ける最も重要な「分析」「設計」「最適化」のような成果に直結する実運用の重要性は日を追うごとに増加してきており、その実務を担う運用者の重要性も同様です。

大量のデータを扱うデジタル広告で、圧縮されていく業務というのは、システムによる自動化で代替されていくものです。そのシステム化・自動化が進めば進むほど、「運用や設計ができる人材」と「そういった人材を育む環境」という、機械から人への投資に市場関係者の力点が移り始めるいう逆説性があるように思います。

今後ますます増加の一歩を辿るであろう運用型広告市場において、現場の最前線を担っている広告運用者(AdOps)は、広告主、代理店、プラットフォーマーやベンダーなど、あらゆるステークホルダーにとって経営に直結するキープレイヤーとなるケースが、今まで以上に増えてくると思われます。

このコラムのタイトルである「広告運用者(AdOps)としての生き方」は、広告運用の情報サイト Unyoo.jp で3回に分けて連載したものです。今回は、それを一つにまとめて再編集し、資料も新たにすることで、広告運用者が置かれている環境、キャリアなどについて俯瞰的に捉える機会を得られればと考えています。


元記事へのリンク:
広告運用者(AdOps)としての生き方(1):雇用編 | Unyoo.jp
広告運用者(AdOps)としての生き方(2):企業編 | Unyoo.jp
広告運用者(AdOps)としての生き方(3):スキル編 | Unyoo.jp





広告運用者の雇用環境


インターネットビジネスの市場規模がどんどん大きくなるにつれ、「人が足りない!」という声が多くの成長企業で聞かれるようになりました。雇用が伸びていく中で、実際の広告運用の需要はどうなのか、いくつかの資料を見ながら考えてみたいと思います。


インターネット生態系の経済価値調査

かつてのメディア産業の雇用を支えていた代名詞といえば、テレビ、新聞、雑誌、ラジオなどのマスメディアでした。昨今ではインターネットがメディアが雇用の主役に躍り出てきています。


参考:Internet-Media Employment Fuels Digital Job Growth | Media - Advertising Age


上記は 2012年と少し古い記事ですが、 AdAge の調査機関である AdAge DataCenter が行なった調査によって、デジタルメディアがメディアビジネスの中で二番目に大きい雇用を擁する分野になったことが明らかになっています。アメリカのメディア産業に限れば、6人に1人はデジタルメディアの従事者になる計算です。2012年には既にテレビの雇用人数を超えていたとも言われています。

雇用の推移を表したインフォグラフィックが以下です。同じような傾向は、世界各国で起こっていると考えられます。




デジタルが雇用も売上も牽引

実際に、メディアビジネスにおけるデジタルの比率が急増していることは明らかで、メディアを扱うビジネスの変容は、明らかに数字に表れてきています。


参考:State of the Agency Market: What You Need to Know | Agency News - Advertising Age


上記は、Ad Age が米国労働統計局(Bureau of labor statistics)の調査を抜粋した記事ですが、2014年の広告関連の雇用は、デジタルメディア(Digital Media)関連職が昨対比13.8%増(174,200職)となり、過去最も需要が高まっているとのこと。




2013年は12.5%増(149,100職)だったことを考えると、デジタルメディアに関する職業はこの数年間で急激に雇用を拡大しており、完全に売り手市場にあることが分かります。

なお、このチャートで見ると広告会社(Ad Agency)の伸びが少なく見えますが、雇用はデジタルメディアよりまだ多く(192,100職)、2000年のドットコムバブルに次いで雇用が多いという状況のようです。

PR代理店に限って言えば、2014年の5.4%増は、2013年が2.4%増だったことを考えると伸びしろとしては一番大きいと言えます。ソーシャルメディアの急成長が起因しているほか、2015年から2016年にかけては大統領選挙が行われるため、PRの分野は更に大幅に伸びることが予想されます。


参考:State of the Agency Market: What You Need to Know | Agency News - Advertising Age


上記は代理店ビジネス(広告代理店だけでなくPR代理店等も含む)のデジタル比率を表したチャートですが、売上におけるデジタルメディアの比率は年々伸び、2014年には40%ほどになっています。2015年は更にこの比率が高まったものと思われます。

売上の伸びている分野は雇用機会も多いことは間違いありません。デジタルビジネスの成長にともない、ややタイムラグがありながらもデジタル関連職の雇用増が連動しているのではないかと思います。

もちろん、右肩上がりであっても伸びない会社もあれば、沈んでなくなってしまう会社も多くありますが、右肩上がりのいいところは、仮にうまくいかなかったとしても、市場全体が伸びている(そして変化している)ので、再起や再挑戦の道が、そうでない業界よりも多いということかもしれません。

日本でも、現在強烈に人材採用を進めている企業の多くが、10年前は存在すらしていなかったか、まだスタートアップの段階でした。



採用における需給ギャップも明らか

ExchangeWire が2014年10月に行なったフランスのアドテク関係者(ベンダー、メディア、トレーディングデスク等)への調査によると、半分近く(48%)の回答者が、プログラマティック取引の環境において、従事者のスキルが足りていないことを課題として挙げています。

この調査が行われた1年前にOMI(Online Marketing Institute)がフォーチュン500の企業および広告会社の経営陣、計747人を対象にした調査でも同様の結果が出ており、世界的にもデジタル領域に強い人材が足りておらず、需要が高いことが示されています。


参考:‘Où sont les talents?’ French Programmatic Survey Reveals Skills Gap Impeding Growth | ExchangeWire.com



では、その足りないスキルとは具体的にどういった分野なのでしょうか。

先ほどのOMI(Online Marketing Institute)のレポートによれば、 デジタルビジネスの中でも、特に以下の職能/スキルについて、重要性と実際の人材のバランスにギャップがあるという結果が出ています。


参考:Digital Marketing Talent Report: Skills Are Inflated, Talent Is Slim - OMI Blog


一番ギャップが大きいのは Analytics(分析)で37%、次いで Mobile(モバイル)、Content Marketing(コンテンツマーケティング)、Social Media(ソーシャルメディア)、Email Marketing(Eメールマーケティング)と続きます。

Digital Advertising(デジタル広告)は、ちょっとその定義が分かりにくいということもあり 12% とギャップは少ないですが、Analytics(分析)にしろ Mobile(モバイル)にしろ、挙がっている領域のほとんどで設計・運用が発生するものであり、多くのスキルに受給ギャップが存在していることが伺えます。


一方で、従来の広告枠/メディアプランを販売する営業職には逆風が吹いています。

先ほどの ExchangeWire の記事では、

The emergence of programmatic media trading technologies has previously been seen as a synonym for jobs cutbacks, with direct sales roles often seen as the media trading house’s first casualties (i.e. larger teams of swashbuckling sales execs on lucrative bonus schemes, are slowly replaced by a more condensed team of IT engineers and data scientists).

(超訳)プログラマティック取引の隆盛は、人員整理と同義のように言われてきました。中でも営業という職種はメディアトレーディング企業では最初の犠牲者だと見られています。つまり、インセンティブ制度でイケイケの営業マンで溢れた大規模チームは、ゆっくりとITエンジニアとデータサイエンティストで構成された必要最小限のチームに置き換えられていくということです。

と書かれており、テクノロジーによる職業の代替という、ビジネス誌では悪夢のように語られる変化が現実となってきています。調査が行われたフランスは保守的な環境なので、営業が5年以内になくなると答えた回答者は13%に留まったそうですが、ゆっくりと縮小傾向にあることは間違いないと思われます。

ただ、これは営業という仕事の重要性が下がるという意味ではなく、職種ごとの役割の変化だと捉える方が自然ではないかと思います。運用型広告が設計や運用の巧拙で成果が大幅に変わるモデルである以上、運用者がこれまでような営業の下請け的な役割ではなく、顧客のフロントを勤めながら、アカウントマネジメントの責任を負う職種へとますますシフトしていく流れは変わりません。「運用=Operation」の中に営業的な意味も含まれてくる、ということではないかと思います。

そして、大規模な取引でのディレクションやディールメイキング、マーケティング・オートメーションと連動した営業活動など、従来からの営業の Job Description も、量から質へとますます転換が迫られると考えられます。



デジタルがもたらす企業活動の構造変化

一般的に、掲載記事に広告を掲載するパブリッシャーの収入の元は企業からの広告掲載費であり、その広告メニューを扱う広告代理店の収入は広告掲載費(媒体費)からのマージン料率で決まりますので、これまでは掲載保証型の広告メニューであれば、パブリッシャーも代理店も収益が確定していました。

一方で、既にインターネット広告の6割以上を占め、さらに最も成長率の高い分野の一つである運用型広告では、そのほとんどで品質と収益性を基準にしたセカンドプライスオークションモデルが採用されていますので、掲載およびクリック等の成果は基本的には保証されていません。そのため、広告費における運用型広告の利用比率が高まるにしたがって、広告の設計、制作、入稿、入札、分析、提案、最適化などが、プラットフォームの数だけ発生します。広告主の成果を引き上げながらなるべく掲載費と予算を近づけるために、(主に広告代理店に)運用の強い負荷がかかっていくことになります。

結果的に、運用が発生する組織には、人員の確保やトレーニング、ツールやシステムの整備など、売買を持続させるための管理コストが運用型以前よりも大幅に積み上がる構造になります。運用型広告の利益率は、従来の広告メニューよりどうしても構造的に低くなるようにできていると言えます。

媒体費を収益の源泉にしているビジネスモデルの場合、売買管理にかかる人件費等の費用は原価として認識されるため、これまでは、このコストを圧縮する目的として国内外への分業・オフショアや、運用に関わるいずれかの業務を専用システムで代替する対策(一般に「自動化」と表現される)が図られてきました。

例えば、サードパーティによる統合管理ツールであれば、入札やレポートの代替、近年のプログラマティック取引でも使われる「在庫予約型固定単価取引(Automated Guaranteed)」であれば、売買と入稿の代替だと理解できます。


参考:プログラマティックと自動取引 -媒体社の視点から- | プラットフォーム・ワン



運用型広告は、全体設計から詳細設計、運用、分析から再調整を繰り返していくプロセスの巧拙によってキャンペーンの結果が大幅に変化するため、頻繁に金融のメタファーで語られるように、運用者/分析者のスキルやコミットメントによって成果がいかようにも変わる仕事です。

単なる売買管理として運用を捉えるのであれば、これまでのように管理コストは圧縮すれば済む話です。しかしながら、運用者によって成果が大幅に変化するのであれば、運用に関わる費用は、単なるコストではなくむしろ投資として見なされるべき性質の支出であると捉えた方が、経営的には健全なはずです。


トレーディングデスク「Operative」の CEO である Lorne Brown が「広告代理店にとって、広告運用者は配信システムではなく、製品そのものである」という記事を書いたことに象徴されるように、運用型広告を扱う組織において運用者や運用業務そのものを強化することは、広告主の広告効果の維持向上のみならず、取引規模の増大やスイッチングの防止、それにともなった収益性の向上、媒体費に左右されない収益モデルの確立など、多くの企業にとって競争力の源泉となり得るのではないでしょうか。


参考:Agency Ad Ops is a Product, Not a Delivery System - Operative


それは、広告代理店のみならず、ここ数年収益モデルの変革を迫られているパブリッシャーでも状況は同じです。上述の Lorne が「パブリッシャーの売上責任者は、広告運用にこそ投資しなければいけない」と語っているように、広告在庫が正確に把握できていないことによる請求入金の機会損失や、IO(Insertion Order)の人為的ミス、オーディエンスデータ不足や運用ナレッジの不足による収益性の低下など、パブリッシャーが広告運用に投資しないことによる経営上のデメリットは、運用型広告の成長によって顕著に現れてきた問題だと言えます。


参考:Why CROs Should Invest In Ad Operations - Operative


また、広告収益の最適化だけでなく、著名なバーティカルメディアで取り入れられ始めているパブリッシャートレーディングデスクのように、広告運用に投資することで、パブリッシャーにとっても新たな収益機会が生まれる可能性があります。(もちろん、PL上の利益率は下がるので手を出したがらないメディアが多いのも事実ですが)セルサイドにとっても、広告運用は必要な概念であると認識されていくと思われます。


パブリッシャートレーディングデスク(PTD)のイメージ



投資に失敗しないために、経営者自らが学ぶ

伸びている企業ほど、広告運用をコストとして圧縮すべきものと捉えるのではなく、プロフィットセンターとして優秀な運用担当者が重用されている環境にあります。

一方で、投資には失敗がつきものです。投資すれば必ず儲かるわけではなく、資産でも「運用」という言葉が使われるように、許容できるリスクに応じて適切な投資を行い、結果を分析したり自分なりのスタイルを確立することができないと、投資が投機になり、必ずどこかで手痛いダメージを食らうことになるでしょう。

適切な投資には知識と経験が必要で、投資を判断する意思決定者の判断が狂えば、投資は失敗します。これまではキャンペーンを運用する運用者へのサラリーやトレーニングの増加というかたちの投資が一般的でしたが、組織として運用に投資する必要がある今、意思決定者である企業のリーダークラスこそ学ぶ必要があるのでは、という機運が高まっています。


IAB が2015年9月に発表した新しい研修プログラム「Digital Leadership Program」は、まさにリーダーの育成こそが健全な市場の発展に不可欠だという考え方から出てきたプログラムです。


参考:IAB Digital Leadership Program


これまで IAB は「Digital Certification Program」という資格制度を通じて現場の育成をサポートしてきましたが、このプログラムによって運用者の客観的評価が(形式的ではあっても)可能になり、スキルの証明された運用者がよりよい職場環境を求め転職してしまう、という問題があったと語っています。


That’s the statement that certification merely increases the risk of a certified employee looking for a better opportunity somewhere else; in other words, encouraging employees to earn a credential that demonstrates professional capability actually hurts the company.
参考:How Do I Retain My Best Employees? Empower Them with Leadership Skills - IABlog


実際、経営陣がデジタルの理解が浅く、その結果評価されなかったり、明らかに誤った意思決定が繰り返されるようであれば、運用者の需要が高まっている環境では、運用者はかんたんにもっとよい職場を求めて転職してしまうでしょう。IAB のこの研修は、現在のリーダーと次世代のリーダーをデジタルマーケティングという側面から育成することが、結果的に企業の発展に資するという考え方に基づいて発表されていると考えられます。


2013年11月に行われた AdOps Summit では、「広告運用に従事する社員の平均寿命は15ヶ月と言われており、勤続期間を伸ばし、退職を防ぐためには、広告運用がキャリアとして認められ出世の可能性があるという状況を作る必要がある」という警鐘が鳴らされていました。


参考:Ad Ops Summit 2013 から学ぶ広告運用に必要なこと ~ admarketech.


日本でも、業界人間ベムさんが、同じく2013年の初頭に以下のように述懐しているとおり、


最初は単にネット広告で始まったものは、デジタルマーケティングとマーケティングテクノロジーの理解という実にたいへんな勉強と実践によってでしか身につかないレベルになってしまった。

そうしたことへの理解も何もない者が経営することは全くもってナンセンスだ。
参考:世界の広告業界トップは年頭に何と言っているか。 - 業界人間ベム


経営にとってデジタルが Operation(組織運営)の成否を担うこと自体は疑いのない事実だと思います。2015年の現在では、2013年と比べてより一層、目の前に迫った経営課題となっている企業が多いのではないのでしょうか。


デジタルのマーケティング活用の最前線にいる運用者は、単なるコストとして圧縮や効率化・自動化の対象になるものではなく、むしろ最前線での実務を通じた知見によって企業の競争力の源泉になりうる存在だと思います。それが、運用型広告という分かりやすい環境が整ってきたことによって、自然と企業の経営課題になるまで前景化してきたのかもしれません。



売り手市場なのは、今だけかもしれない

現在のデジタルメディアの雇用環境は、明らかに売り手市場なのは間違いありません。ただし、雇用環境は常に流動的であり、手持ちの武器は、いつか別のものに代替されてしまうかもしれません。


参考:The Basic Digital Skills UK Report



おじさんには悲しいデータですが、Go On UK が調査したデジタルスキルに関する上記調査によると、デジタルタレントギャップは、年齢別のグループでも顕著に差が出ています。人は誰しも平等に年をとりますので、自己認識がどうであれ、デジタルの分野においては上記のように認識されていると思った方が良さそうです。

運用者に求められるスキルは、今後も多様化・専門化していくことが考えられます。年々変化が激しくなってくるこの分野で、蛍雪に耐えうるスキルというのは果たしてあるのかどうか、少し考えてみたいと思います。


デジタルマーケティングでのT型人材

いわゆる「T型人材」という言葉があります。英語では "T-shaped skills" や "T-shaped person" などと言われ、アルファベットのTの文字のタテを専門性、ヨコを視野や知見の広さに見立てた表現です。1つ以上の特定分野で深い専門性を軸に持ち(タテ)、周辺領域をはじめとして他のジャンル(ヨコ)についても幅広い知見を併せ持っている人材を指すようです。

この造語は、コンサルティング会社 IDEO の CEO である Tim Brown 氏が自著で言及したことから広まったと言われており、日本でも人事や組織デザインの文脈で、21世紀の企業に求められる人材像のひとつのモデルとして定着してきました。
※最近はパイ型(Π型)やH型とも言うらしいですが、これらの新語はどれもT型と定義がほぼ同じです。

この「T型人材」は、多様化するデジタルマーケティングにおいても適用が可能な考え方であると、Moz の創業者である Rand Fishkin は言います。 彼が2013年に提唱した「T型ウェブマーケター(The T-shaped Web Marketer)も、まさにT型人材を現代のマーケティング従事者に当てはめたモデルです。


参考:The T-Shaped Web Marketer - Rand's Blog


上図では Moz らしく SEO が例に挙げられていますが、タテに SEO の深い知識や経験を持ち、ヨコの UX や Social などをはじめとした周辺領域にも広い知見や素養を持つ、T型の SEO従事者がモデルとして提示されています。

実際、キーワード調査やコピーライティング、データの構造化や分析など、ウェブマーケティングの各領域には重複する要素が多いことからも、T型ウェブマーケターの概念は、現場を持たれている方なら納得感のあるモデルではないかと思います。



T型マーケターと組織

先述の Tim Brown の著書「デザイン思考が世界を変える」では、T型人材を採用することの効用について言及しています。


デザイン思考が世界を変える (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
「デザイン思考が世界を変える (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)」


本書では、

「スペシャリスト(I型人材)だけで構成されたチームでは、各個人が自分の専門分野の擁護者になってしまう傾向があるため、政治の優先順位が高くなり、折衝が長引いたり、中途半端な妥協に落ち着くことが多い傾向がある一方で、T型人材が集まる組織では、ヨコの知見と自身のタテの矜持によってそれぞれの専門性にリスペクトが生まれやすいため、政治に走りにくく、アイデアの共有や化学反応が起きやすい」

と指摘しています。

この指摘は、先ほどの「T型ウェブマーケター」でも同じです。T型ウェブマーケターの集まった組織は、以下の4つの意味で利点があると Rand Fiskin は主張します。


---

1. 幅広さは信頼を醸成する

専門外であっても周辺知識があるメンバーは、他の専門性を持つ人のチャレンジを意味や重みを理解することができます。互いの理解や認識こそが仲間意識や信頼を生み、コンフリクトを起こさずに業務を進めることができるようになるでしょう。

2. 深さは(熟達したいという)欲求を満たす

ダニエル・ピンクが言うように、人々が仕事で幸せになるには「自治」「熟練」「目的」の3つが必要です。専門性の極めることを目指し、専門性が高いと認められることは、業務へのロイヤリティ、コミットメント、自身がこの分野を支えているというメンタリティを生み出すことにつながります。

3. 知識の重なりは創造性を生み出す

一人では創造性を発揮するのは非常に難しいことです。T型人材がそれぞれ重なりあっていれば、それぞれの専門性と共通理解が創造性を生み出し、一人では難しかった解決策やアイデアを出しやすくなります。

4. T型の仲間同士こそ支え合うことができる

サービスを発表した日に、データを分析したり誰かに説明できる人が自分しかいないとしたら、きっと最悪の気分になると思います。T型メンバーで構成された組織であれば、重要な局面でお互いに(足手まといではなく)支え合うことができます。それは、「人材の余剰」ではなく、「本質的な冗長性」です。

---


これらの指摘は、組織が広告代理店であってもインハウスであっても、ある程度人数が増え大きくなった集団には共通して通用する考え方ではないかと思います。マーケティングにおけるデジタル比率が上がるにつれ、マーケティング従事者が一人でカバーする範囲はどうしても広くなりがちなため、関連部門や専門家との連携はますます重要になります。そして、その連携の巧拙が継続性と品質を生み、PDCAを現実的なものにします。


1つの領域を深く潜っていくと、接続される周辺領域に習熟する必要が出てきますし、その周辺領域も、元々の領域に適切な専門性があれば、まったくの素人の時よりも類推が働き、大きな間違いが少なくなります。専門性デジタルに身を置く以上、マーケターはT型である必要があると言えるのかもしれません。




「何でも屋」は、何からでも始めやすい

トレーディングデスクを提供する Operative の CEO である Lorne Brown は、2年前の2013年11月に開催された Ad Operations Summit で以下のように語っています。


The ad operations role has evolved tremendously. Simply among those who took part in the session, we generated a list of 20 responsibilities that now fall onto ad ops. It’s no longer just about doing QA, inventory management, trafficking, reporting and, campaign management. Ad ops now has direct responsibility for technology, vendor management, creative and developers, yield management, programmatic, block lists and change management around new sales structures, ad technology and processes.

広告運用という役割は途方もない発展を遂げました。我々は広告運用者に振りかかる20もの職責をまとめたリストを作れます。広告運用はもはやQA(品質保証)、在庫管理、広告取引、レポートやキャンペーンマネジメントだけに留まらず、テクノロジー、ベンダーマネジメント、クリエイティブや開発、イールドマネジメント、プログラマティック、ブロックリストや営業の組織編成、プロセス管理などあらゆる分野に直接的な責任を負っています。
参考:Ad Ops Summit 2013 から学ぶ広告運用に必要なこと ~ admarketech.


この発言からも示唆されるように、広告運用者は既に「広告」の範囲を越え、関係するすべての役割の「運用」を期待されています。実際、運用型広告の重要性が高い現場では、顧客の実質的なインターフェースを運用者が務めたり、システムの管理やベンダーとのやり取りは現場にいる運用者でないと適切に実務が回せない、というケースが多いように思います。


このような傾向は年々拍車がかかり、求人サイトには「スーパーマンか!」とツッコミを入れたくなるような募集要項がたくさん並ぶわけですが、残念ながらその募集要項をクリアできるような人は稀ですし、どんな人でも始めは専門領域以外は初心者であることは変わりありません。


私が好きな記事の一つに、Ad Ops Insider の「広告運用者として働く8つの理由」という記事があります。広告運用者は「専門性の高い何でも屋」ですが、そこへの第一歩は、実はとてもかんたんなことなんだと思うことができます。


リンク:Top 8 Reasons to Work in Ad Operations | Ad Ops Insider


---

1.デジタルマーケティングを学ぶのに最良の場所である

There’s no better place to learn about digital advertising.

2.広告運用はチャレンジングで、能力に関わらず、成長せざるを得ない

Ad Ops is challenging – no matter what your skill set, it forces you to develop lots of new ones.

3.広告運用はデジタル広告に関わるすべての職業への理想的な入口である

Ad Ops is the ideal platform for just about any job in digital advertising.

4.安定した雇用があり、初心者にとって最も働きはじめやすい場所の一つ

Major job security – virtually everyone is hiring and there aren’t nearly enough qualified people.

5.広告運用はデジタルメディア企業にとって重要性が増している

As a strategic team, Ad Ops is only getting more important within digital media companies.

6.業界自体が早いペースで多様化し、広告運用的な仕事が必要な領域へ拡大している

The industry is growing at an incredible pace and diversifying into new areas that all need Ad Ops leaders.

7.広告運用には、互いに協力できるコミュニティが存在する

Ad Ops has a great community built on cooperation.

8.何より、面白い!

It’s Fun!

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好きこそものの上手なれではないですが、この8番目の項目のように、楽しめる環境と対象があることに気付けることが、T型の縦のスキルを深め、横の幅を広げていくための一番重要な要素なのかもしれません。



The major difference in digital is that you get to sit on the leading edge of innovation; you get to be part of the real-time invention of an industry, and work for exciting companies that are changing the world. Could there be anything more fun?

デジタルが他の業界と大きく違うのは、イノベーションの先端に腰掛けることができるってことなんだ。産業がリアルタイムで生まれる場に参加して、世界を変えるようなエキサイティングな会社に勤められる、これ以上面白いことがあるかい?

Top 8 Reasons to Work in Ad Operations | Ad Ops Insider


広告運用に真剣に従事する企業、個人に輝かしい未来が待っていますように!

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広告運用者(AdOps)としての生き方 ーまとめ編
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