ますます進行する「運用型広告のインハウス化」。そのときに広告代理店はどうするのか?


2018年5月に Interactive Advertising Bureau(以下:IAB) から発表されたデジタル広告のインハウス化についての報告書「Programmatic In-Housing(プログラマティック・インハウス)」について、
日本語で解説した記事を同年の8月に書きました。


IABが多くの広告主の声を拾い上げてまとめた調査報告サマリーは時の経過に耐える普遍性があり、記事から半年近くが経った2019年初頭の現在でも、報告書が示すインハウス化のメリット・デメリットや、向かうべき課題と対処法は依然として有効です。

企業はそれぞれ業種や段階、規模が違いますが、IAB の報告書を精読して自社の事情に当てはめてみれば、それぞれの事情に合わせて、現時点でなすべきことを比較的シンプルに導き出せるのではないかと思います。


より一層、「広告のインハウス化」はホットトピックに


あれからしばらく経ち、IAB に追随するかのように同様のレポートやホワイトペーパーが幾つか出てきました。それらを読んでいると、「インハウス化」は既にバズワードと化しており、状況は2018年当時からもう一歩進んで「猫も杓子もインハウス」といった気運になりつつあるように感じられます。

直近では、2019年1月に、スウェーデンに本社を置く Bannerflow社 が Digiday と共同で発表したインハウスレポート「State of In-Housing 2019」が出ています。

レポートのダウンロードはこちらから(登録すれば無料で読めます)↓
The State of In-housing - Defining how marketing teams evolve 2019 - Bannerflow

ニュースとしてSELも取り上げています↓
91% of Brands are Moving Toward In-House Digital Marketing [STUDY] - Search Engine Journal

それによると、調査対象となった200を越えるブランドうち91%が、自社のデジタルマーケティング業務の少なくとも一部をインハウス化しているとのこと。2018年の IAB の報告書では、同様の設問の結果が 65% だったことを考えると、以前よりもインハウス熱は高まり、実際に実施している企業も増えているように見受けられます。

もちろん、それぞれのレポートはサンプルが違う(Bannerflow社のレポートサンプルの多くはヨーロッパ企業)ので一概に比較はできませんし、Bannerflow社自体がインハウス支援を目的とした広告プラットフォームですので、彼らにはインハウス化がブームであると煽るインセンティブがある、というバイアスには気をつけなければいけません。

しかしながら、仮に多少のバイアスがあったとしても、企業が業務の見直しを行う際にインハウス化を積極的に選択肢に入れていると考えること自体は、それほど不自然ではなさそうです。


広告代理店と歩んできたこれまでの業務は、軽視されているのか


Bannerflow のレポートを少し掘り下げていきます。冒頭には以下のようなサマリーがあります。

・91%が、自社のデジタルマーケティング業務の少なくとも一部をインハウス化している
・87%が、代理店業務の透明性レベルに懸念を持っている
・58%が、マーケティングチームを自社のみで運営できると考えている
・96%が、アドテクや各種ツールによって、多くの企業でマーケティング業務を社内で実施できるようになったと考えている
・56%が、人材およびスキルの欠如が、インハウスでチーム運営する上での最大の障害だと考えている
・63%が、インハウス化は流行だと考えている



この結果だけを見ると、マーケティングのデジタル化において、多くの既存広告代理店に居場所はないように感じます。

特に、「58%が、マーケティングチームを自社のみで運営できると考えている」といった結果を見ると、「正直、オレらでやれるよね〜!」と、自分たちの仕事がブランド側から軽視されているような気分になる人もいるのではないでしょうか。


透明性とアジリティは、対の関係。その発露としてのコスト削減


一方で、上記のような刺激的なサマリーから始まるレポートは、よく読んでみると現実的で冷静な見解も示されています。

レポートには以下のような一文があります。

When asked to rank the biggest reasons for brands to in-house, cost-saving topped the list, followed by greater agility, and increased transparency.
-
企業がインハウス化する理由をランク付けするとしたら、1位は「コスト削減」。次いで「アジリティの向上」と「透明性の引き上げ」になります。

コスト削減は洋の東西を問わず企業がマーケティング業務をインハウス化する理由の最上位になっていますが、「アジリティ」と「透明性」もまた、昨今の運用型広告での最重要キーワードです。

アジリティ(機敏さ・敏捷さ)は、2018年の IAB の調査では「リアルタイム最適化機能の強化(Enhanced real-time optimization capability)」という項目で登場し、やはりインハウス化の目的の上位として挙げられていました。ある金融系企業は「複数の多変量テストや15以上のチャネル分析と最適化を毎月実施しているので、これらのタスクを第三者に引き渡すことを考えると現実的ではなく、インハウスしかない」と当時のインタビューで回答しています。

アジリティが重要視される背景には、変化が早く複雑な運用型広告において、代理店側とのコミュニケーションコスト、相互理解や実装のリードタイム、頻繁な担当者変更による出戻りをリスクだと感じている広告主が、広告代理店の肌感覚よりも多いからではないかと思われます。

加えて、透明性もカギになります。ポイントは「9 in 10 marketers are concerned with the transparency level of media agencies」とあるように、ここでいう透明性が、昨今の劣悪なパブリッシャーへの広告配信、あるいは意味のないボットや見られていない広告によるインプレッション費用が請求されるようないわゆるアドフラウド(広告詐欺)を指しているのではなく、広告代理店という業務構造の透明性を問題視している、ということです。

もちろん、これにはプラットフォーム側に主な要因があるアドフラウドと混同されているケースが多分にあるでしょう。しかしながら、広告主と直接取引しているのは代理店であり、そのレポートや請求、サービスレベルへの疑義が不信につながり、確認やエビデンス(つまりは透明性)の要求が増えることで、コミュニケーションコストの増大へとつながり、結果としてアジリティを損ねていると考えることもできます。

そして、代理店を信用できず、サービスレベルや成果に不満があれば、当然のようにコスト削減は広告主の中で目的化するはずです。


クリエイティビティを摩耗させる、「コスト削減」という呪い


コスト削減がインハウス化の目的の最上位ということは、見方を変えれば、企業自身に、インハウス化による ROI の向上が課せられるということでもあります。

短期的な ROI の達成がインハウス化の成功指標になると、必然的にマーケティング担当者には大きなプレッシャーがのしかかります。(そして「ブランドの58%が、マーケティングチームを自社のみで運営できると考えている」という風潮が、それを後押しします)

一般論ですが、強いリーダーシップのあるプライベートカンパニーでないかぎり、短期的な ROI目標は長期的な戦略的目標よりも優先される傾向にあります。

Bannarflow社のレポート内でも、多くの識者・実務者が以下のようにコメントしています。

“Marketers tend to become short term when facing pressure”
-
マーケターは、プレッシャーに直面すると短期的な視点になるものです
“I think management teams expect fast ROI and sometimes miss the long-term value of building a strong brand with a high creative execution.”
-
経営陣は、(コスト削減によって)短期的な ROI を期待してしまい、しばしば高品質のクリエイティブによる堅固なブランドを構築がもたらす中長期的な企業価値を見失ってしまいます。

コスト削減と併せて再投資の分野や額を定めてそれぞれをデュアルトラッキングするのがトランジション(移行)時の基本戦術ですが、向上した ROI を投資に向けるような設計がなされていない場合、外部からインプットのない組織が近視眼的な焼畑戦術に向きやすいのは間違いなさそうです。

規模がそれほど大きくない、あるいはキャンペーンが比較的シンプルな場合はインハウス化によってアジリティが上がるため(担当者が優秀かつ継続的に勤務してくれれば) ROI は比較的かんたんに上がりやすいのですが、大規模な企業や複雑なキャンペーンであればあるほど、これまで代理店が負担してきた見えないコストが社内に移動することのインパクトや、ツール周りのアカウント再締結が必要となることで経済条件や設定の追加変更が発生しやすいなど、短期的には ROI が悪化するケースも出てきます。強いプレッシャーの中で離職していく担当者も出るでしょう。

そういった、コスト削減や ROI の未達によってクリエイティビティが毀損されないようにする組織設計のひとつの解として、「アメリカの広告・マーケティング分野の採用調査から、2019年の雇用環境を大づかみしてみる。」でも挙がっていたような、制作系のスキルを持つフリーランサーをチームに雇い入れるという企業が急増している、というトレンドにつながっていくのではないかと思います。


インハウス化の浸透によって、社外からのサポートが得にくくなり、社内でのスキル・リソースギャップが起きやすいのが制作・クリエイティブ業務です。フルタイムでの採用ハードルが高い開発・制作分野に雇用ニーズが集中しているという傾向には、インハウス化の浸透が強く影響していると言えるのではないでしょうか。


代理店の提供価値の変化と、ビジネスモデルの転換


インハウスのメリット・デメリットがほぼ明らかになってきている現在、自ら動き出している広告主にとって、それまでの不満点が解消されないかぎり広告代理店と契約するインセンティブは生まれにくいでしょう。

仮に、「アジリティと透明性を引き上げ、コストが削減されることによるマーケティングROI の向上」がインハウス化する目的の最大公約数だとするならば、広告代理店やベンダーがすべきこととはいったい何でしょうか。

多くの識者は、専門性のあるチームを組成しアジリティを引き上げるためのサービス設計の見直しが、広告代理店にとって急務であると説きます。

コンサルティング会社 Peregrine のCEO Anders Nygren氏は、「ブランドには外部からの視点と継続的なサポートが必要である」という発言のあとに、代理店に対して以下のようなコメントを残しています。

“Agencies and marketing consultants could change more towards supporting the brand, within the processes and technology infrastructure, I think that those companies could continue to be really successful.”
-
代理店やマーケティングコンサルタントは、(広告ではなく)キャンペーンの実行プロセスや技術インフラを通じたサポートへと自らの価値の転換するでしょう。そういった企業こそ、ほんとうの意味で成功し続けることができるはずです。


Electronic Arts(EA)のメディア事業のトップである Belinda J. Smith 氏もまた、AdExchanger の記事の中で、代理店は今こそ変化すべきタイミングであると訴えています。


While I don’t think in-housing spells the death of agencies, this is a moment for agencies to reconsider their piece of the value equation and design their offering for what brands need in 2018 and beyond.
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インハウス化がそのまま代理店の死を意味するわけではないですが、今こそ代理店が自らの価値方程式を再考し、将来にわたってブランド側の求めに応じられるよう設計し直す時期だと思います。

また、そのためにも、代理店が優秀で専門性の高い人材を惹きつけ、常に変化できる存在にならないといけないとコメントしています。

At the forefront of those needs is the requirement that agencies provide flexibility and scalability. This is an industry where new opportunities and regulation develop daily, and in these economic times, booms threaten to turn bust overnight. At the same time, consumers are more empowered, educated and fickle than ever before.
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これらブランドのニーズの最前列にあるのは、代理店に柔軟性と拡張性を提供してほしいという要求にほかなりません。この業界は新しい機会と規制が日々行われていますし、このご時世、ブームが一夜にして崩壊するおそれすらあります。消費者はこれまで以上に力を持ち、学び、そして気まぐれなのですから。
The agencies that stand to win big are those that can attract, retain and pivot top talent, build profitable business models from modular and transparent service offerings and have the audacity to scrutinize themselves and their clients. Brands can’t reinvent the wheel alone.
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大成功できる代理店は、優秀な人材を惹きつけ、配置転換や雇用の維持をし続けることができ、さらにモジュラーで透明なサービス提供から収益性の高いビジネスモデルを構築するでしょう。そして顧客と自社を常に客観的に精査し続ける大胆な視点を持っているものです。ブランドだけで車輪を再発明することはできません。

上記では、flexibility(柔軟性)やscalability(拡張性)という言葉が使われていますが、使っている単語こそ違えど、広告主の求めるアジリティの確保やクリエイティビティの担保を端的に表しているように思います。

そしてそういったニーズの変化に合わせて専門性の高い付加価値を提供し続けるために modular(モジュラー)なサービス提供、つまり相手に合わせて組み換え・補完可能なサービス設計という表現が使われています。「"何でもできます" は "何にもできない"」などと揶揄されますが、一気通貫の総合サービスではなく、広告主の事情に合わせたオーダーメイドな専門性を提供し続けることの必要性が強調されています。


インハウス vs 代理店ではなく、インハウス supported by 代理店


ちなみに、インハウスのレポートは2018年10月にも全米広告主協会(ANA)から「The Continued Rise of the In-House Agency」として発表されています。


ダウンロードはこちら:The Continued Rise of the In-House Agency | ANA


ANAのレポートは、Bannerflow社のそれと同じく、インハウス化のブームを強く印象づける内容になっています。上記の記事にはレポートの内容を端的にまとめた12のサマリーが記載されていますが、その中でも興味深いのがこちらです。

7. Ninety percent of respondents also work with an external agency. For those respondents, an average of 58 percent of all the work for their company is done in-house.
-
7. 回答者の90%が、外部の広告代理店と協働しています。回答した企業は、自社の全業務のうち平均58%を社内で行っていました。

(ANAに登録するような一定規模を持つ)広告主の9割は、外部の代理店と協力しながら、インハウス化を推進しているということです。

先ほど言及した EAトップの Belinda氏は、トレーディングデスク側のキャリアを持つブランド側の意思決定者という立場から、外部と一切協力しない100%のインハウスなど絵空事(Netflixでも無理!)であり、外部の代理店と協力しないかぎり未来はないという立場を取っていましたが、そのような経験者の意見は、ANAのレポートに回答した400社以上の広告主の意向とも符合しています。

なお、平均で58%の業務がインハウス化しているということは、外部と協力する範囲は42%になります。100%を外部に任せるワンストップサービスではなく、社内で賄えない専門性をモジュラー(補完的)に外部と協力していく。そんなパートナーシップが求められているという現実もまた、この回答から読み取ることができます。

インハウス化というトレンドは、SaaSによってほとんどの業務が急速にセルフサービス化していく流れの中で、従来は代理店が商流を押さえていた広告業界もその例外ではなく、代理店の介在価値が改めて問われ直されているという事実の裏返しです。

その問いにどう答えていくのかという視点で、それぞれの代理店の今後の戦略を見ていくのは面白いかもしれません!

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AdMarkeTech.(アドマーケテック): ますます進行する「運用型広告のインハウス化」。そのときに広告代理店はどうするのか?
ますます進行する「運用型広告のインハウス化」。そのときに広告代理店はどうするのか?
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