インハウスは流転する 〜リセッションにおける広告運用について


リセッションと、社会的距離


コロナウイルスというブラックスワンにより、2020年はリセッション(不況)に入っていくことがほぼ確実視されています。

一般に、固定費である広告はリセッション下では優先的に削減の対象とされやすいため、多くのメディアは「あらゆる悲観的なシナリオに対して身構えよ」と警告しています。ロックダウンによって身構える前に飛んでしまうような企業も出てくるでしょう。

たった数週間で、世界は一変してしまいました。
 

リンク:アフターコロナ に向けて、「長期不況」へ備える 広告業界 | DIGIDAY[日本版]


全世界の流行語大賞があるとすれば、2020年は「Social Distancing(社会的距離)」がノミネートされるのではないかと思います。物理的な他者との接触を減らすことで感染の拡大を防ぐ(ペースを落とす)、公衆衛生の基本戦略の一つを指す言葉です。

この社会的距離を保つよう注意喚起して廻るドローンの映像(@ブリュッセル)がたまたま Twitter で流れてきたので見たのですが、いよいよ映画「マイノリティ・リポート」や小説「1984」を彷彿とさせる世界になってきたなあと感じました。

※ディストピア感がすごい
 

社会的距離の確保は人の移動を制限し、移動の制限は経済活動の制限を意味します。

外出ができないあいだに人々の可処分時間はオンラインへと向かうでしょう。そのオンラインの収益の大きな柱の一つは広告ですが、経済の落ち込みをカバーするにはまだ時間がかかるはずです。2020年は広告業界にとって試練の年になり、その厳しさは2009年のリーマン・ショック後の広告不況に匹敵するだろうとも言われています。
 

ROIが厳しく求められる広告


2009年に大打撃を受けたのはブランドマーケティングやマスメディアに関する支出でしたが、2020年も東京オリンピックや EURO2020 の延期が既に決定しており、広告費全体における影響は避けられないと思われます。

eMarketer は2020年3月19日に従来の広告費用予測を 3% ほど引き下げていますが、これはオリンピックのような大規模イベントの延期や中止を織り込んでいない見積もりのため、この予測はどこかでまた下方修正されるはずです。
  

リンク:Coronavirus: Emarketer lowers global ad spend projections for 2020 - Search Engine Land


一方で、運用型広告のような売上原価に近い性質のコスト(変動費化した固定費)は費用対効果がしっかり出ているあいだはカットされにくく、不況に強いと言われています。

実際、リーマン・ショック時もオンライン広告のダメージは比較的軽微でしたし、今回も全世界的に社会的距離の確保が義務付けられているためEコマースには強い追い風が吹いています。動画も急激に伸びるでしょう。(回線に不安はありますが)

業界や企業ごとに濃淡はあれど、売上に近いパフォーマンスメディアや新しいコミュニケーションチャネルは生き残りやすいのではないかと考えられます。

とはいえ、経済活動や資金調達の不確実性が高まる状況下では、マーケティング費用の ROI 水準を引き上げる圧力が高まるのは間違いありません。今まで以上に費用対効果を厳しく求められる局面が必ずやってきます。

 

そのとき、広告は誰がどのように扱うべきか


2010年代後半は、Google や Facebook に代表される Walled Garden(壁に囲われた庭)によるオンラインの情報流通の寡占化が起きたことと連動して、デジタルチャネルへの予算配分が旧来のオフラインメディアから大きくシフトした時期でした。

Walled Garden をはじめとしたオンライン広告プラットフォーマーの多くはセルフサーブ型を採用しているため、広告費用の増大とともに、広告運用のインハウス化もトレンドとなっていきました。

その様子は、当ブログでもこれまで幾つかの記事としてまとめています。
 

リンク:「運用型広告のインハウス化」の現在 〜広告主が直面する5つの課題と、これから。

リンク:ますます進行する「運用型広告のインハウス化」。そのときに広告代理店はどうするのか?


トレンド化したインハウスですが、リセッションの状況下においては、おそらく見直しが入ると予想されます。なぜか。

上記の記事でも言及していますが、企業が広告をインハウス化する目的の上位には常に「コスト削減」が位置していました。それはつまり、企業自身にインハウス化による ROI の向上が課せられるということを意味します。

不況下では広告費の総額を抑える企業が増えます。広告費が減った場合、コミッションによって変動費化できる代理店へのアウトソーシングと違い、インハウスは人件費が固定費のためコスト削減メリットは相対的に少なくなります。広告費や企業としての規模が小さいほど、これまでインハウスで得ていたコストメリットはデメリットへと変化します。

ROI の向上のためには広告以外のマーケティング活動も自社内で強化する必要が出てきますが、短期的な ROI の達成は必然的にマーケティング担当者の管掌範囲を広げ、大きなプレッシャーと業務負荷をかけることになります。

「リモートワークの影響で、創造性やパフォーマンスの確保が難しい」という以下の Econsultancy の調査結果等にもあるように、デジタル化(デジタル・トランスフォーメーション)していない中小企業ほど、広告以前の大きな課題解決が控えているということでもあります。
 

Source:Econsultancy
 

結果として、担当者のキャリア確保やナレッジの蓄積が難しくなり、インハウスそのものの費用対効果の見直しに発展しやすいのではないかと考えられます。


マーケティングに対する姿勢が問われる


以前の記事でも言及している IAB のインハウスレポートでは、企業の現場で前景化する典型的な5つの課題が提示されています。
 

-広告のインハウス化における課題-

・組織としての姿勢(Organizational buy-in)
・時間へのコミットメント(Time commitment)
・契約の調整(Contract Coordination)
・人材採用(Talent Recruitment)
・運用と研修(Operational Impact and Training)

 

一番上の「組織としての姿勢」という項目は、少し厳しい表現で言い換えれば「組織としてインハウスをやり切る体制と社内理解、つまり覚悟があるか」というニュアンスで書かれています。レポート内で以下のような表現が使われていることからも、この前提がインハウスの成功にとって非常に重要な要素であることが推察できます。

“It takes a village” is a suitable mantra for successfully in-housing programmatic buying.
-「みんなでやろう」は運用型広告のインハウス化を成功させるために必要なマントラ(教義)です。
 
リンク:Nearly Two-Thirds of Brands Purchasing Ads Through Programmatic Means Have Fully or Partially Moved the Function In-house, According to IAB Research


インハウス化は、アウトソーシングしていたときには外部化されて見えていなかった様々な業務やコストを社内に受け入れることでもあります。経営陣の理解やサポート、リソースや時間の確保、大袈裟な表現を使えば「全社一丸」とならないと、インハウスでの継続的な成功は難しいということを、IAB のレポートは示唆しています。

今後長期化が予想されるリセッションの中で、コストメリットが消えたインハウスを企業はどうしていくのでしょうか。まさに全社一丸となっているのかどうか、姿勢が問われる局面になると思います。

以下は好景気真っ只中の1年前(2019年3月)の記事ですが、NYIAX の共同創業者である Carolina Abenante は、インハウスと代理店の関係についてFinTechになぞらえて以下のように語っています。少し長いですが引用します。

A recent ANA report found that 78% of brands have built in-house teams to handle work traditionally performed by agencies, compared to 58% five years ago. What that report fails to mention is that 2013 through 2018 were boom years for corporate America. In a downturn, advertising budgets contract and in-house teams suddenly look very expensive as their workloads shrink.

As third-party vendors, agencies are built for a boom-bust cycle. During the next downturn, brands will reconsider the expense of staffing by turning to agencies that can deliver service for a fee.
-
最新のANAの調査によって、(5年前の58%から大幅に増えた)78%のブランドが、従来は広告代理店が行っていた作業を社内で実行するチームを構築していることがわかりました。ただ、この調査で言及できていないことがあり、それは2013年から2018年までの5年間はアメリカの企業にとって好景気であったということです。不況下では広告予算が​​縮小するため、業務量が減少し、インハウスは突如として高価に見えるものです。

サードパーティベンダーとして、広告代理店は景気のサイクルに合わせて設計された組織です。次の不況が来たときには、ブランドは広告代理店に協力を求めることによって、人件費を再考することになるでしょう。

リンク:Why Fintech Will Be The Agency Model Of The Future | AdExchanger


つまり、過去数年間の好景気で、企業がどのような信念でインハウス化してきたかが問われるのが2020年という年なのだと思います。人材はコストなのか、投資なのか。

状況は円環的な変化を辿りますが、そのたびに内容は進化します。次に景気の潮目が変わったときに広告運用はどういう仕事になっているのでしょうか。

その答え合わせを楽しみながら、自分もサバイバルしていきたいと思います!

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